引越し料金を安くするには

引越しをするときに複数見積もりをとるのが一番安くする方法ということで、いつも一括見積サイトを利用して数社から見積もりをとるのですが、前回の引越しのときに見積もりをとりに来られた方が、今すぐ即決してくれるなら、ここまで値引きしますよとかなり食い下がられました。

一社目で相場が分からないこともあって、二社目とお約束があるのですぐには決められませんねということで帰ってもらったのですが、なんと二社目の方も同じように即決で値引きするとのこと。これは営業手法なんでしょうね。もちろんトラックを手配する都合もあるのでしょうが、今なら空きがあるので安くできるんですと言われ、三社目はまだ見積もりにくる約束がなかったことと、一社目よりも安くなったということで、そこに即決してしまいました。

もちろんどちらも一緒で一番最初に提示した金額は即決料金の二倍以上もしました。そこから値引きが開始されるわけですね。ですから引越し業者の見積もりはすぐにOKを出さずに、値引き交渉することが大事ですよね。

交渉しなければ、倍以上の値段で引越ししなければなりませんから、かなりの痛い出費になってしまいます。比較することと値引き交渉を必ず行う事が、引越しでも安くする秘訣です。

不動産会社の接客サービス

先日引っ越しをしたのですが、その時の賃貸アパートの物件探しの話です。 まず不動産会社をどう探すか考えていました。 すると普段愛用しているインターネットのサービスから不動産検索をするとポイントがもらえ、 さらに不動産に行って契約するとさらにポイントがもらえるというサービスに申し込みしました。

休日に駅近くの不動産に行くと、 最初に接客してくださった方が「いい物件がちょうどあるんですよ」 と物件を紹介してくれました。 しかしはじめは「不動産会社はいい物件は隠しているだろう」と疑っており、 その他数十件の資料を見せてもらったり、 最初の物件と他に3物件の現地見学をさせてもらったりしました。

しかし、結局初めに紹介してくれた物件が以上のものがなく、 最初の物件にすることに決めました。 後から考えると、不動産会社は多くの人をさばかなければ儲からないため、 先にいい物件を紹介してくれていたんだ、と感じました。

また駅の近くには不動産会社が乱立しており、ほかの不動産会社に行っても、 なんと同じ物件を紹介されたりしました。 しかし決めた物件は最初の不動産会社でしか扱ってなかったため、 接客で紹介してくれた案件が大切だということを学びました。

引越しの手伝いをしてもらうと逆に費用がかさみました

引越し業者に頼まずに、知人友人を呼んで手伝ってもらったほうが安く済むし早くていいと思ったので、大学時代の友人や後輩をあらかじめ連絡をつけておいて引越しの作業の手伝いを頼みました。

一人暮らしの単身パックでもそこそこコストがかかるので、お互い良く知ってるもの同士のほうが言いたい事を言えますし気兼ねなく居れるので、最初の引越しは業者には発注しませんでした。

ここからが実体験で気づいた事なのですが、確かに気軽に居れて気も使わずにワイワイと楽しんでの引越しとなったのですが、いざ終わったあとは日もとっぷり暮れていて皆が重い荷物のせいで疲れていたので労を労うべく飲み屋に連れていく事になったのですが、あまりの達成感と空腹から全員で4万円となったのでした。

この4万円と途中の飲み物代やガソリン代を考えたら、引越し業者に頼んだほうがコストカットになっていたことに気付いたのです。それからというものの、引越し作業は全部業者に頼んでやってもらっています。

弟の荷物の少ない引っ越しを手伝った思い出

23歳まで実家にいた私とは違って、弟ははやく家が出たかったらしく、高校を卒業と同時にすぐ東京に引っ越し、一人暮らしを始めました。調布にすぐアパートが見つかって、別に来なくていい、と言われたらしのですが、心配だから見に行きたいが、忙しくて行けない両親の変わりに、ひとり東京へ足を運んだことがあります。田舎で育ったので、電車に乗る機会だってほとんどない私でしたが、弟がこんなところで暮らしているなんて、びっくり&信じられませんでした。

なんとか乗り換えを間違えながら、たどりついた西調布の駅に弟が迎えにきていました。その日は弟が朝から仕事だったので、私が生活に必要なものを買い物して揃えることになりました。アパートがみつかって、単にそこに暮らしていただけで、布団しか買っていなかった弟だったので、部屋にはまだなんにもありませんでした。弟を見送って、電車で数駅先の大きなスーパーへ。そこで、タオルやら台所用品、カーテンなどを買いました。

途中で、弟の部屋のために買うんだった・・・ということを忘れそうになり、わたしの趣味でいろいろ選びそうになってしまいました。冷蔵庫や洗濯機は、量販店で配達を頼み、大荷物を抱えて帰宅。このとき思ったのが、「都会の生活って不便!」。だって、田舎ではみんな車の生活。大きな荷物や、重い荷物があっても、自家用車で運べるのに、東京って大変~、と思ったりしました。

なんとか弟の家に着いて、カーテンをつけたり、部屋を整えたりして、弟を待ちました。電化製品も届いて、なんとかまともな生活を始められるようになった弟。そんな弟を見て、あんなに小さかったのに、こんなところで一人で生活するんだな~、と感慨深いものが。

引っ越しって、引っ越す本人にとっては新たな生活の始まりでワクワクですが、送り出すほうとしては、心配と別れの感情がありますから、なんかせつないですね。その後わたしも数年して関東で暮らし始め、京王線に乗ると、このときの弟の荷物の少ない引っ越しのことをいつも思い出すのでした。

学生時代に引越しをしてアパートで一人暮らし

学生時代に地方から引越してきて、アパートで一人暮らしをしていました。 困ったことは食事でした。 今まで家事なんて全然したことなくて、料理も全部母が作ってくれていたからです。 今のように、コンビニもないし、適当に作ってみたものの、 まずくて食べられなかったなんてこともありました。 両親は女の子の一人暮らしに、大変心配していました。 引越しの時手伝いにきてくれて、よほど寂しかったのでしょうね。 みんな無言で作業していたのを思い出します。

引越しが終わると、最終便で両親は帰っていくのですが、 妙な雰囲気で何も言えなかったですね。 普段は両親とはあまり仲が良くなかったので、会話なんてしたことなかったし、 早く家を出たかったので、うれしいはずなのに急に寂しくなってきて、 両親が帰ったあとは布団の中で泣きましたね。 当分はホームシックにかかり大変でした。 今のように携帯電話でもあれば良かったのに。通信手段が公衆電話ですからね。 お金もかかるし、めったに連絡はしなかったですね。

でも次第に一人暮らしにだんだんと慣れてきました。 光熱費とかこんなにかかるんだって、反省しましたね。 だって家では使い放題だったから。 よく電話代が高いって叱られましたが、ようやく意味がわかった気がしました。 一人暮らしをして、少しは親のありがたさ、 苦労がわかって自分自身も成長できたと思っています。 その後、結婚し独立しましたが、一人暮らしのおかげでスムーズに生活できましたからね。

幼児をつれての引っ越し

1歳の息子と3歳の娘を連れての引っ越しでのこと、引っ越し先が近かったこともあり主人は朝、 普通に出勤し帰りは新居へ帰ることになりました。 私は子供にミルクを飲ませたり、おむつを替えたりしながら荷物の指示をしていました。

引っ越し業者が荷物の積み込みが済むと2人の子供を自転車の前と後ろに乗せ新居へ行き鍵を開け、 今度はどこに荷物を置くかを指示。 引っ越しの作業が終わり業者が帰った後、広いと思っていた家も荷物が入ると足の踏み場もなく 子供達を寝かせるスペースを確保するのがやっとでした。

季節は秋、日中は汗ばむくらいでも夕がたになるとだいぶ冷え込んできます。 夕がた遅くにガスの開栓が済みようやく一息ついたと思えば、 子供が起き出しバタバタして片付けが進みません。 お気に入りのおもちゃも荷物の中、1人であたふたしている所へ 帰宅した主人はあまりにも乱雑な室内を見渡し不機嫌に・・・。

後日「くたくたになりながら一生懸命やってるのにさー」とママ友達に愚痴をこぼしていたら 「うちも~」彼女も同様の経験があり、 小さい子供を連れての引っ越しはやっぱり協力者がいないと駄目だよね。と実感した体験でした。

アパートから新築一戸建てへ引っ越し

私にとって大人になってからの初めての大きな引越しは、結婚した時に住んでいたアパートから、 自分たちで建てた一戸建てへの引越しです。 結婚した時は、実家からも近かったので 車に乗るくらいの荷物をアパートに少しずつ運んだだけでしたが、 その引越しから3年で知らない間に凄い荷物が増えていました。

ダンボール何十箱にもなる荷物を積め、新居への引越しはかなり大掛かりなものになりました。 共働きだったこともあり、引越し当日まで荷造りが終わらず当日もダンボールに積めながら引越し。

引越し業者の人にも色々手伝ってもらいながらの引越しになったこともあり、 移動中にワインを数本割られてしまったり、 色々不満もありましたが文句も言えず途中で雪も降ってきたりと酷い引越しになりました。

でも、2LDKから4LDKの家への引越しということもあり、 たくさんあった荷物もすんなり運びこむことができ満足出来たのもつかの間。 引っ越してから1ヶ月近く荷物がなかなか片付けることが出来ず本当に苦労しました。

私にとっての初めての大きな引越しですが、 二度と引越ししたくないなって思えるような引越しにまりました。 やはり、業者は少しくらい高くても、 荷造りからやってくれるようなきちっとしたところがいいと感じました。

一人暮らしでの自分なりのルール

一人暮らしを就職と同時に始めました。最初は楽しくて仕方がありませんでした。今までファーストフードやコンビニエンスストアで買って食べることがすごく少ない生活をしてきたので、実家と離れて好きなものを買ったり食べたりする生活はとても新鮮に楽しく感じました。大好きだった映画も夜通し見て、朝眠ってみたりして。実家ではこうはいかないよなとのびのびと過ごしていました。

けれどもそんな生活を続けていてゴールデンウィークを過ぎたあたりから私は体調をおかしくしました。風邪だと思うのですが、熱は38度をこして、寒気がして仕方がありません。冷蔵庫の中には何もないし、友達もほぼみんな就職していたので、電話をしてもつながらないし…。もちろん、付き合っている人もいませんでした。 私はごほごほ咳をしながら実家の母に電話をすると、次の日に飛んできてくれました。散らかった部屋や台所をきちんとし、冷蔵庫の中身もそろえていってくれましたが、なんだか母はあきれ顔でした。

そして、その日だけいろいろとしてくれてからパートがあるから帰ると言って、新幹線で帰っていきました。 母が買ってきてくれた風邪薬でだいぶ楽になった私はふと机の上に置いてあった母からの置き手紙を読みました。「一人暮らしになって羽を伸ばすのはいいですが、やはりきちんと、最低限のルールを自分で作り、守った上での自由ではないと身をほろぼします。きちんとしなさい。母」私は自分自身が情けなくなりながらも、母が冷凍しておいてくれたおかずを食べながらありがたいなと思いました。

それからは一人暮らしでも帰宅する時間や冷蔵庫の中身、常備薬等も気をつけるようになり、いざという時にはすぐいける内科医も探しておきました。やはり一人暮らしはすべて自分でしないといけないので、自分自身がきちんとしていないといけないのだなと改めて思いました。

大家さんの親切心と引越しを決断する心

引越しは何回もしてきました、そして引っ越す決断も何回もしてきました。初めて親元を離れて一人暮しをした。はり治療院の2階、初めての一人暮らしで何をしていいのか分からない生活をしていました。部屋の中には荷物が少なく、兄から貰った古いテレビと布団があるぐらいでした。 その部屋に小さな引越しをしてきた日は、自分が部屋のどこにいていいのかなんとなく落ち着かなくて、部屋の隅の壁に寄りかかって過ごした事を思い出します。

大家さんである、はり治療院の老夫婦は親切ではあったのですが、その親切心がエスカレートする事もあり、自分が外出している間に、部屋を掃除してくれる事が何回もありました。部屋に帰ってくると、妙に部屋が片付いているというのは、ちょっと親切心でやってくれている事でも、ちょっと耐えられないものでした。 そして1年と少し生活をしていた部屋から引っ越す決断をしました。その次は、住宅街にある2階建ての静かなアパートでした。アパートの一番奥の一階の部屋で、以前の下宿のようなアパートに比べると、とても快適な生活ができたと思います。

でも、ここでもやっぱり大家さんが絡んできます。アパートから結構離れた住宅地に大家さんの立派な家があり、家賃はそこへ持って行っていました。 そして、行くと必ず話をされるのは、お見合いの話です。毎回、こんな娘、あんな娘、紹介されるのですが、その内部屋にも来て、部屋をチェックしながら、そしてお見合いの話をされます。結局、そのアパートも2年もしない内に引越しを決断しました。

千葉の貸し家への単身引っ越し

東京のマンションから、千葉の一軒家に引っ越しをしたことがある。荷物も少なく単身だったので引っ越し屋を頼まず、友人2人の車と、父が1トントラックをレンタルして高速をツっ走った。自分は父のトラックに一緒に乗っていたが、幌のひものくくりがあまかったため、引っ越し先についた時には幌が半分取れかかり、机の脚が折れ、椅子が半分トラックからはみ出しているという恐ろしい状態だった。よく無事で高速を走ってきたと恐ろしくなった。

引っ越し先は、ド田舎の古い2DKの一軒家で、大家さんは目の前の地主さんのようだった。平屋で小さな庭のようなスペースまであって、特に庭いじりの趣味もなかったが、草が生えて緑が目に映るのにいやされていたが、ふと気づくと大家さんたちが庭に入っていて草むしりをしたりしているので、本当に落ち着かなかった。 朝、雨戸を開けたら、大家さんが目の前にしゃがみこんだりしてるから、すごくびっくりした。鍵をかけていないと、いきなり戸が開けられて、天ぷらをいっぱいに持って入ってきたりするので、ありがたい気持ちもあったけど、やはり自分には近所つきあいの希薄なアパート暮らしの方が向いていると実感した。

場所的には川が近く、とても好きなところだったが、このような住環境になじめず、ここでの生活は1年も持たずにまた引っ越しすることになった。きっとあれが最初で最後の一軒家一人暮らしになると思う。